“戦場のピアニスト”を救った男

2008–06–30 (Mon) 02:03
Wilm Hosenfeld_01
2002年、ロマン・ポランスキー監督作品の『戦場のピアニスト(The Pianist)』でエイドリアン・ブロディ演じる主人公のユダヤ系ポーランド人ピアニスト…ウワディスワフ・シュピルマンを救うトーマス・クレッチマン演じるドイツ軍将校…それがヴィルム・ホーゼンフェルトである。

ヴィルム・ホーゼンフェルト(Wilm Hosenfeld)は、1895年5月2日に旧教(カトリック)の教師だった父の六人兄弟の四番目としてローエンドルフ・マッケンツェル(Rhoendorf Mackenzell)で生まれている。
陸軍士官学校に入った彼は、第一次世界大戦に歩兵科部隊として従軍。
しかし1917年に重症を負い帰国、陸軍中尉として終戦をむかえている。
戦後(1918年~)は、フルダ(Fulda)近郊のタラウ(Thalau)という村で社会科とキリスト教の教鞭をとった。
1920年には画家のヴォルプスヴェダー・クルマッヒァー(Worpsweder Krummacher)の娘であるアンネマリア(Annemarie)と結婚し、その後、5人の子供を儲けている。
(後にその子供達は全員、医者となっている。)
Wilm Hosenfeld_02
第二次大戦が始まり、1940年からポーランド駐留大隊の(上級野戦)司令部付き予備役将校(陸軍大尉)としてワルシャワに赴く。
そして、ワルシャワの全スポーツ施設を監督する任につくこととなる。
Wilm Hosenfeld_03
1945年1月、ワルシャワはソ連軍により解放され、彼はソ連軍の捕虜となった。
彼の部署は諜報活動なども行うIc(情報部)の従属機関であったため、1950年に25年の刑を科せられることとなる。
収容所の生活は彼の健康を蝕まみ、1952年8月13日にスターリングラードの捕虜収容所で彼は亡くなっている。(享年57歳)

Wilm Hosenfeld_children_polish
教師でもあった彼がポーランドに赴任した1940年頃の…
幼子とのツーショット、そして子供達に囲まれて談笑している写真である。
また、彼は“戦場のピアニスト”…ウワディスワフ・シュピルマン(Władysław Szpilman)以外にもユダヤ人などに対して手を差し伸べていたのだという。



The Pianist best scene from jdamasio on Vimeo.



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あるSS将校の制服…

2008–06–28 (Sat) 18:55
ドイツ軍の将校たち(…とはいっても、実は将校クラス以下…つまり下士官クラスでも見受けられることではあるのだが…)も勿論、官給品タイプのフラノトゥフ(=ウール)といった生地で仕立てられた野戦服(Feldbluse)をそのまま…もしくは将校用に仕立て直し(例えば、襟周りやカフ)て着用している者も見かけるが…やはり、私費で購入、オーダーした…いわゆる勤務服(Dienstrock)を着用することが多かったようである。
その際、現代でも服をオーダーする場合と同様で生地の質によってその価格はかわってくる。

(軍装品)市場などではトリコットという生地で仕立てられたものを見かけることが多い。
また、高級将校・官吏や将官クラスになるとギャバジンドスキンといった上質な生地で仕立てられたものなどもある。
ただ個人的には上記生地ではなくサージ…それも“イタリアン・サージ”と呼ばれている生地で仕立てられたモノに、どうしても目が行ってしまう。

そんな折、↓のSS中尉の勤務服上下が目に留まり、清水の舞台から飛び降りる覚悟で欧州の某業者から購入を決意した次第である。
SS砲兵科将校上衣
SS砲兵科将校上衣
上衣は灰色味の強い…まさにフィールドグレーの“イタリアン・サージ”で仕立てられた勤務服で、第二ボタンホールには元から二級鉄十字章および東部戦線従軍記章のリボンが装用されていた。
この服は下部ポケットフラップを上部ポケットフラップのような貼り付けタイプではなく切れ込みタイプとしているところが少々珍しい。
左上部ポケット部には各種勲章、戦闘徽章などを佩用するための2箇所の上下ループと…
やはり左上部ポケット・フラップの上部分には略授その他(例えば白兵戦章など)を通すための4本のループがある。
そこで、今回は砲兵科のSS中尉ということもあり…一例として、一級鉄十字章、一般突撃章および略綬を佩用させてみた。
※略授は左から二級鉄十字章、二級剣付戦功十字章、東部戦線冬期従軍章、SS勤続章4級、ズデーテンラント併合メダル(プラハ城プレート付)
SS砲兵科将校上衣_EKI&一般突撃章_略綬

砲兵科SS上級中隊指揮官(SS中尉)襟章SS砲兵科将校_SS中尉襟章

砲兵科SS上級中隊指揮官(SS中尉)肩章SS砲兵科将校_SS中尉肩章

SS国家鷲章SS国家鷲章
このようなモール刺繍による国家鷲章は、SS用に限らず手作業により刺繍さられるため、微妙にそのディティール、趣が異なり…職人の技量、アルミ・モール糸などの選択により、その出来栄えも様々である。
個人的嗜好ではあるが、特にSS国家鷲章にはその傾向が強く…刺繍の丁寧さ、鷲のデザインなど、なかなかコレといったモノが少ないように思えるのだが…
この鷲章は、3種類のアルミ・モール銀糸を使用して、3段からなる羽を刺し分けている。
また4本の先翼も全て分割刺繍されており、黒糸による簡易分割タイプとは、やはり趣が違う。
鉤十字も太く…いわゆる“埋め”タイプとなっており…手前味噌で恐縮だが…全体的なバランスといい、刺繍の出来といい、鷲の面(目)構えといい…なかなかにクォリティーの高い鷲章なのではないかと自負している。


SS砲兵科将校上衣_ボタン
全てのボタンの裏面にはRZM(国家装備統制局)規格SS用を示す刻印及び製造元番号などが刻印されている。

SS砲兵科将校下衣
下衣はトリコット地の乗馬ズボンである。
当時の写真などを見ていると、乗馬ブーツ越しでさえかなり脹脛部がタイトな人物を目にすることも多いのだが、この服の着用者もまたそうだったようである。
脹脛部は編上げによって調整可能にはなっているが…勿論、当方もそれほど脹脛部は太くはないものと思うのだが、それでもうっ血してしまうのではと思えるほどタイトな作りとなっている。

SS砲兵科将校上下衣
この制服上下は通常男性タイプのトルソーに着せているが、それでも…
肩幅、ウエスト周り(ズボンはボタンが締まらない)など少々厳しい状態である。
上衣の丈、ズボンの裾の位置などから判断すると173㎝ある私と同じ位か、もしくはもう少し小さめで…しかも華奢な人物が着用していたと推測される。
まぁ、ドイツ人…欧州人とはいっても…これは当時の平均身長や栄養状態などからいえば特異なことではないが…

ネームタグ等…人物を特定するものがないのは残念だが…
着用していたであろう人物をあれこれと想像しながら眺めている時間は私にとっては至福の時だったのである。

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