“奥羽の覇者”に想いを馳せて…

2008–07–05 (Sat) 03:32
今住んでいるマンションはケーブルテレビ局が設置した共聴施設で受信するという環境なので…
テレビ好きの私にとっては…
通常の地上波放送以外に…
日本映画専門CH.やホームドラマCH.、ヒストリーCH.…そして時代劇専門CH.などなどその他いろいろ観られるのが嬉しい。
なかでも時代劇専門CH.は大変お世話になっている。
鬼平犯科帳』、『剣客商売』『用心棒シリーズ』は勿論…
市川雷蔵 時代劇全仕事」、NHK大河ドラマなど…観るものには事欠かない。

先にもふれたが…
今でこそ『鬼平犯科帳』の“鬼平”こと長谷川平蔵のイメージの強い…
よっ!播磨屋ぁ~こと中村吉右衛門さんであるが…
今から20年ほど前に弁慶役で主演したNHK水曜時代劇『武蔵坊弁慶』(昭和61年4月9日~12月3日)が自身初の本格的なテレビドラマへの主演であった。
ただ、本業の歌舞伎での十八番(『勧進帳』や『舟弁慶』など長年にわたり演じている)でもある弁慶役なだけに好評を博くし、その後のサブ・ライフワークともなる『鬼平犯科帳』へとつながったことは言うまでもない。

因みに、この時期…昭和59~61年の大河ドラマ枠では…
いわゆる“近現代三部作”(『山河燃ゆ』、『春の波濤』、『いのち』)が放映されており、従来の時代劇路線の大河ファンのために“水曜時代劇”(現“土曜時代劇”)が企画・制作された。
従って、内容的にも少々軽く、また低予算なこともあり多少の見劣り観は否めない…(苦笑)

武蔵坊弁慶_02
中村吉右衛門が演じた“武蔵坊弁慶”

このドラマの見所のひとつは、勧進帳を諳んじる場面は勿論であるが…
やはり“立ち往生”であろう。
兄・頼朝(菅原文太)との不和により奥州平泉に身を寄せ藤原秀衡(萬屋錦之介)の庇護に縋るしかなくなった義経(川野太郎)、弁慶主従であったが…
秀衡の死後…頼朝の威を恐れたその子・藤原泰衡(津嘉山正種)により襲撃され…
衣川館をり囲む多数の敵勢を相手に死して尚、、義経を守り続けるという屈指の名往生場面はやはりよい!
因みに…
実際?の“弁慶”に関してはかなりフィクションの部分が多く、その生涯についてはほとんど判っていない。
史料とされる『吾妻鏡』や『玉葉』の中に登場する義経を庇護した複数の比叡山悪僧(僧兵)らの所業が集められ、また誇張されて伝説上の武蔵坊弁慶という人物像が構成されたとみられている。
(生年不詳…文治5年閏4月30日(1189年6月15日)に亡くなったことにはなっている。)

さて、その奥州・平泉といえば…平安末期、藤原氏が奥羽(東北)地方に140年間にわたり京を凌駕するほどの強大な領土を築き栄華を誇った地である。
その藤原氏四代を描いたNHK大河ドラマ『炎立つ』(平成5年7月 4日~翌年3月13日)では、『ラストサムライ』『硫黄島からの手紙』など…今や“ハリウッドスター”ともなった主演の渡辺 謙が藤原経清、藤原泰衡の二役を演じていた。

私的には…
渡辺 謙といえば“勝元盛次”役というよりは、どちらかというとNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』(昭和62年1月 4日~12月13日)の…後に“政宗役といえば渡辺 謙”というくらいその確固たるイメージを確立させてしまった程の“伊達政宗”役の方がピンとくるところである。
(それよりも“梅安”“斬九郎”と言いたいところではあるのだが…)

独眼竜政宗_渡辺謙
渡辺 謙が演じた“独眼竜政宗”

一昨年夏、そんな東北(奥羽)地方に…
一度は国宝にして世界遺産推薦の暫定リストにも挙げられた“中尊寺金色堂”などを直に愛でておかねば!と、思い立ち…
平泉~松島~秋保~仙台への“奥州藤原氏・伊達政宗”行脚(?)に出かけてみました。
松島ではDiDも訪れたという“伊達政宗歴史館”などを拝観…
政宗モノ以外にも多くの著名人蝋人形群は圧巻!
是非、松島に行かれた際には足を運ばれてみては如何だろうか…

伊達政宗_R
館内に展示されていた政宗の頭蓋骨から復元されたという容貌像。
その骨格等から予想される政宗の声も聞くことが出来る。

仙台では…政宗所用の「黒漆五枚胴具足」を拝観すべく仙台市博物館に…
最近、戦国時代の甲冑に興味を持ち始めていることもあり感激も一入であった。

黒漆五枚胴具足_R
<重要文化財>黒漆五枚胴具足(伊達政宗所用)

残念ながら…どうも実際の政宗さんは謙さんとはだいぶイメージがかけ離れていたようで…
遺骨の調査結果によると…
身長は159.4㎝…
当時としては平均身長のようですが…
骨太、筋肉質で若干平均より大きい頭で…その分御身足は短く、ずんぐりとした体系だったとかなかったとか…

“粋”だとか“派手”だとかを表す言葉として“伊達○○”などと言うことがございますが…
これは文禄元年(1592)正月早々に朝鮮出兵に際し政宗が3000の兵を引き連れての入京の折の伊達軍将兵達の出で立ちが…
旗は紺地に金の日の丸…
具足は漆黒に金の日の丸…
馬鎧は虎柄・豹柄に孔雀の羽…
陣笠は1mもある三角帽子で全て金色…
太刀や陣羽織も金色…
陣羽織はあの有名な「紫羅背板水玉模様」よろしく…
ポップなデザインであったのかもしれない…

紫羅背板水玉模様_R
紫羅背板水玉模様(伊達政宗所用)

そんな奇抜でド派手な装いに驚いた京の人々が“さすが伊達者は違う!”ということがこの言葉の由来だそうです。
確かに軍勢全てが派手モノで揃っていたということもあるようですが…
その中心となる馬上の政宗の武者ぶりがヨカッタということも重要なファクターだったんだそうです。
実はこのパレードの際“ブ男では絵にならん!”ということで…
(↑の写真からどのようにお感じになられるかは個々人によるところではございますが…)
長身で美しいと評判だった自分の妻に武者姿をさせ政宗として騎乗させたのだとか…
つまり“男装の令嬢”を政宗と思った京の人々の…“なんと政宗はステキな武者ぶりなんだぁ~!!”との評判も相まってのことなのだそうです。
そこから“伊達男”=“お洒落で格好イイ男”ということになってきたようです。

余談ですが…
政宗さんの毛髪から…彼の血液型はなんとB型とのことです。
別に他意はございません…(苦笑)

【おまけ】
伊達政宗歴史館の売店で政宗を模った陶器製のボトルに入った御酒が売っていたので購入してみました。

仙台銘酒 竹に雀_RR
『竹に雀』という名のお酒…“竹に雀”とは伊達家の家紋のこと。
スポンサーサイト

 | HOME | 

SALON / Hauptraum

PEIPER

Author:PEIPER

卐 Nachricht 卐

Aktuelle Zeit

Zugriffszähler

Online-Zähler

現在の閲覧者数:

Bildersammlung

Kategorie

Anzahl der Artikel

全タイトルを表示

Aktuelles Artikel

Trackbacks

Archive

Große Dodekaeder

Andere Sprachen

LINK

Suche

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード